岩井の本棚、SAHRAの本棚

スタッフがマンガ界のニュースとおすすめマンガを紹介します!

ことばづかい

1970年の「別冊マーガレット」の読者コーナーをチラッと読んでいたら、なんだか違和感がありました。

別マ1

別マ2

今から40年近く前は女子は手紙でも

「~だったわ」「「しちゃうわ」

と記してたものなのでしょうか? 僕は子供のころ女子ではなく男子でしたが、男子で言えば「~だぜ」「~じゃん」と手紙で書くようなものです。口語と手紙で使うことばは違うと思うんですが、当時は女子とはこういうもの、という強い縛りがあったんですね、出版社にも。
ひょっとしたら出版社の内部の人がこういう文章に校正している可能性もあるっちゃありますが、いつもこの体裁で読者からのお手紙を掲載してたら「ファンレターとは女子口調で書くもの」と自然しつけられるのかもしれません。いまだったらこんな「~だわ」口調のメールをもらったら「またご近所人妻出会い系のスパムか」と即ゴミ箱おくりになると思います。

さてそれから7年経ち、77年の別マの読者コーナーはどうなってるかというと

別マ3

女性の言葉遣い、から若干中性的になったのが分かります。文末は

「のョ」
「~なのダ」

とくずされてて、70年代の終わりを感じさせますね。

60年代から70年代の最初のころはまだ少女マンガ界に「女子かくあるべき」という大いなる幻想が働いていたともいえるのですが、何事にも例外はあるというものです。つのだ先生はやっぱり一味違う!これです。

別マ4

つのだじろうのおんなシリーズ「哀しげな女が踊る」より。京都の少女が書いた手紙がこれ。

「すまんことどした うち地球の回る音を聞いたんどす」

いくら京女といえど、手紙にまで「すまんことどした」「聞いたんどす」などと書くもんなんでしょうか? 
大阪人が手紙で「~でっせ 」「へんがな」と記してるような状況です。そこまで出身地をアピールしておまえは何を得たいんだ、とツッコまれそうですね。

それにしてもこの時代の少女マンガ雑誌は表紙もいい。

別マ5

表紙でアイスをペーロペロペロ。
外国人少女は確かにそんなに目にするものじゃなかったけど、アイスはもう高級品でもなかったろ。スタジオでライト照らしてるからか、よく見ると下部がもう溶けかかってます。もう少しで手がベトベトになるです。
でもこういういかにも「氷菓」ってカンジのアイスキャンデーって少なくなりましたよねえ。オレンジ味とか、なんかもはや懐かしいです。
  1. 2009/06/20(土) 23:31:34|
  2. 少女マンガ

たった80円で人生終了

前回はお父さんの甲斐性なし! 何でうちはアパート暮らしなの・・・と思ったがためにあれよあれよというまに一家心中する悲劇マンガを紹介しましたが、それよりももっと些細な発端で生まれる悲劇をご紹介します。

だれも1

タイトルは「だれも許してくれない」。どうとでも取れるけれど、いったん不幸だと分かったらなんとでも味付けできる抽象的な不幸タイトルですね。どんな物語にでも流用可能なタイトルです。作者は「あしたはいつくるの」同様に木内千鶴子。

夜のネオン調な背景にセーラー服、今だったら真先に出会い系とか神待ち娘とかネカフェ住まいなんて言葉がポワーンと浮かぶような表紙ですが、悩みはなんとも牧歌的でした。色エンピツの本数で悩んだりするんです。

だれも2

主人公美奈子は新しいママ母が、自分の血を分けた妹よりも自分を冷遇しているような気がして不満。妹には服を新調してやってるのに、あたしには色エンピツすら買ってくれず「短くなったならキャップを付けて使いなさい」とケチケチ。ありましたねえ、鉛筆キャップ。

だれも3

継母じゃダメだとばかり父親に「ね!おねがい!色エンピツ買って!? 6色のでいいの」・・・と甘えてもダメ。6色!赤、青、黄色、緑、あと2色何!? 紫やピンク、グレーは間違いなく入ってない。あまりに些細なおねだりすぎて泣けてきます。

継母は美奈子が素直でしつけがちゃんとしている・・・と周囲の人には自分の娘のように自慢。それがクラスメートの耳に入り「おまえんちのかあちゃん自慢ばっかだな」とディスられ美奈子はブルーに。
そこに友達がクラスのみんなに「ほら36色よ!ドイツ製なんだから」と自慢タラタラ。うらやましがる美奈子。体育の時間に忘れ物をとりに行ったところ、床に色エンピツが落ちていた・・・欲しくてたまらなくなって、あとで返すもん!といいつつ、何故か鞄にしまいこむ。アッ不幸の匂いが・・・。

だれも4

案の定、友達は「一本ナイ!」と騒ぎ、案の定先生は「もちもの検査するわよ」といい、案の定見つかってしまう。クラスメイトは「おどろいたわねえ ホントニ」「まさか美奈子さんがドロボウするとは」とザワめく。怖いこのカット! 何で目のあたりウルトラセブンみたいになってるの!? 「ホントニ」というカタカナセンスも病的で怖い! 

ちなみに雁須磨子先生は「本当に」という単語をマンガで出すときには「本とに」と表現してきますが、今必要なのは全カナで「ホントニ」と言い切る表現かもしれません。

だれも5

その場から走って逃げさり家に帰るも、しつけにうるさいママ母が許すわけない、叱られるだろな・・・と思ったら案の定激怒りで泣き出す母親&父親。私が悪いんだ! 色エンピツが我慢できなかった私が悪いんだ!と責めさいなむ美奈子。今ごろクラスのみんなが私のことをウワサさしているんだ・・・白い目が睨んでる・・・とあっという間に被害妄想に陥った美奈子が選んだ道は・・・。

だれも6

エッ!?こういう時って最後に救われて本人反省するのが常じゃないの!?ホントニ死んじゃったの!? 死なせるの!? 容赦ねえなー・・とビックリ。昔の少女マンガはスパルタンですね。残された両親、自慢した級友、強く叱りすぎた先生やはやしたてた級友達はみんなで俺らちょっとやりすぎたかも・・・って反省するも、まさか色エンピツ一本で首つるとは思ってないだろし。

だれも7

たった色エンピツ一本のために美奈子は死んだ・・・けれど美奈子自身の苦しみはこれで終わっただろうか もしかしたら自殺したために永久にこの苦しみから逃れられなくて あの世とやらでなげきかなしみつづけているのではないだろうか

エンピツ一本で永久に苦しむ・・・罪にさいなまれすぎだよ美奈子! まるで救いのない最後のコマ。色鉛筆一本って80円くらいでしょうかね。80円で首吊り、って気にやむにも程があるというもの。前回の「あしたはいつくるの」と「だれもゆるしてくれない」を読むと、それぞれドロボウはよくない、って言うよりもむしろ「ワガママ全否定」「欲望と嫉妬全否定」くらいの厳しさです。人には欲望とか過ちがあるよね、ってのがもう無視無視。道徳の教科書よりも厳しいし救い無いよ。

今回は70年代の別冊マーガレットからこの話四段ですが、やっぱりこの時代の少女マンガはホントニ読ませます。そりゃ内容や表現でいったら40年前だから今のにかなうわけ無いけど、自分が生きてる時代や未来、世界観に対する否定が全然ないがゆえの強さってのが垣間見えるんです。悲劇は悲劇でもそれは時代や世代が背負わされた暗さから生まれてない、っていうか。70年代は暗いっていわれてるけど今にくらべりゃみな元気だったんですね。今の少女マンガや作中人物には00年以降に対する肯定や時代を担ってる観はないもんなあ。悲劇もだいたい、その世代が背負わされた暗い世相や未来の無さから生み出された悲劇が元になってるし。そりゃケータイ小説で不幸が羅列されても人事のようにしか感じなくなっちゃうというもの。

この年代の少女誌は何かと衝撃受ける作品が多いのでこれからもよい作品が見つかったら紹介していきますね。
  1. 2009/05/18(月) 22:37:21|
  2. 少女マンガ

ささいなことから超悲劇

ちょっと前の女子向けケータイ小説ではレイプ、妊娠、自殺未遂が3種の神器(もしくはクスリ、DV、友達の死)でしたが、これらは難しい心理描写なしに、簡単に悲劇を味わえたから多用されたわけです。探してみたわけではないですが、上記の6種類が全部登場するのだってあってもおかしくないですね。たとえば・・・

再婚して家にきた義理の父にレイプされた少女が妊娠、自暴自棄になって自殺未遂、友達に誘われクスリに手を出すも、友達がクスリのやりすぎで死亡・・・でも人生をやり直して明日からは違う自分になる!って、なんか意外にスパっと要約できたしホントにありそうです。

少女マンガでもこの「不幸もの」は連綿と続くジャンルですが、昔の少女たちはあまりに些細なことが不幸への発端となってました。今の子達の「クスリくらいはヤンチャで済ませてOK」的な道徳のなさからは考えられないほど、犯罪に対して道徳的。

まず1974年のマーガレットから。

あした1

どうとでも取れるけれど、いったん不幸だと分かったらなんとでも味付けできる抽象的な不幸タイトルですね。どんな物語にでも流用可能なタイトルです。少女マンガなのに、左下に古紙回収業の人が写ってますが・・・。

あした2

主人公はあこがれの男子とやっと帰り道に話が出来た!と喜んでると、そこにちり紙交換の車で父親が通りかかる。カレは裕福な出なので、自分の父の仕事への恥ずかしさのあまり何もいわずに走り去る主人公。

あした3

それを知って傷つく父親は、何とか娘のためにも甲斐性見せてやらなきゃな・・・と「知り合いに紹介してもらったんだ、マイホームを作ろう!」。喜ぶ主人公。

あした4

しかしそれはサギだった!金利が膨大になり気苦労でやつれる夫妻。金策?何とかするよ・・・といって父親が選んだのは宝石店への強盗だったのです!このシーンの苦悩さを表すヨジヨジ線の描写が怖い!なんだか不穏になってきましたね!

あした5 あした6

急に場面は変わり大晦日。主人公にご馳走を振舞い、きれいな洋服も着て、さあ初詣にいこう!と咳き込みながら両親は言う。だけれど向かった先は人けのないガケだった・・・

「かあちゃん、なんでこんな所へくるの?あたりにはだれもいないわよ」
「誰もいなくていいのよ・・・悦子」「私達は私達だけの新しい世界へ出発するのだから」

ギャー! 一家心中。ガケから飛び降りて、主人公以外全員が死亡、主人公だけが生き残る・・・これだったら死んだほうがよかったよ!と誰しもが思う悲惨な結末。

あした7

でも柱には「悦子、生きていて本当に良かったわ!これからがんばって、みんなの分も生きなくちゃ!!」・・・んなバカな!わーんお母さん、そんな明るく前向きな話じゃないよう。

あたしがわがまま言ったばかりに・・・って主人公泣いてるけど、たいしたわがまま言ってないんですよ。教訓的には「背伸びするとロクなことない」なんだろうけど、せめてマンガの中くらい逃避させて欲しいですよ? 善人しか登場しないのに、あれよあれよという間に一家心中。怖すぎる、怖すぎます。

昨今のケータイ小説では思いもよらないアットホームだけれど凄惨な結末。これを読んだ多くの少女はうっかりパパのプライドを萎えさせる発言せんようにと言動に相当注意するようになったと思うのです。

でもコレくらいで驚いちゃいけません。たかだが色えんぴつ一本で関わった人全員が不幸のドン底に落とされるのが「誰もゆるしてくれない」。続きはまた明日に!
  1. 2009/05/17(日) 21:05:57|
  2. 少女マンガ

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